黎明の魔術師

□東の京 A地区の23番
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先は見えないけれど



 統一された白い街並みが、漆黒の中不気味に浮かび上がる。日中であれば多くの人々が行き交い、笑い声が耐えない日本の首都、東の京。ほんの千年と数百年年前までは、高層ビルが数多並んでいたのだというが、今ではその面影すら残ってはいない。

 現在東A地区の23番と呼ばれるここは以前「永田町」と呼ばれ、この国の政治の中枢を担っている町であったらしいが、今では政治機関の全てはとある別の場所に移されている。

 西暦3500年――、日本国は、この国の政府によって、人知れず制圧された。単なる、世界制圧の第一歩として。

 西暦3395年にアメリカで、第五元素と呼ばれる魔力の源が発見されて以来、それは世界各地で相次いで発見され、世界は魔術元年を迎えた。

 時の日本国首相は、国立魔術学研究所《こくりつまじゅつがくけんきゅうじょ》――通称魔研《まけん》を設立。以後、日本の魔術は独自の発展を続け、世界に類を見ない魔術大国となったのであった。……それが裏目に出ようとは、一体誰が考えただろう……。



「ここね」

 アスファルトの地面を踏みしめ、瞑葬は一人呟いた。応じる声は無い。

 咎詠は戦いに備え、心を温存しておく必要がある。その為に、無駄な感情は全て殺しておかなければならないのだそうだ。その心は現在、白いもやとなって実体化し、彼女の周囲を漂っている。

「――おかしい。何も、起きていない」

 チリン……と、瞑葬が動く度、髪を結う組紐の先に付いた鈴が鳴る。彼女はいつも、戦いの地に赴く時にはこの組紐で長い黒髪をポニーテールに結っていた。

「――咎詠、帰りましょう。警報の誤報のようだし」

 しかし咎詠は黙ったまま、その場を動こうとはしない。ただ暗い闇を見つめたまま、法衣だけを風に遊ばせている。

「ねえ咎……」

「――LPJTO貫氷固――」

 何の前触れも無く、咎詠は呟いた。言乃葉の魔術の発動である。一般の人間には決して発することの出来ない言葉を、感情のままに紡ぐ事で、魔術を使う。それが咎詠の戦闘スタイルであり、彼女が咎詠と呼ばれる所以である。

 彼女の心の具現たるもやが、一瞬にして氷結し無彩色の世界に突き刺さる。

「……気を抜くな瞑葬。相手は姿を消しているだけだ」

 静かな声で、咎詠が言った。瞑葬は頷き、目を閉じて敵を待った。

「なぜ……、こんな子供が言乃葉を使っているんだ」

 建物の合間に反響する声。敵は、自ら居場所を明かしたも同然だった。視覚を自ら殺すことにより、鋭敏な聴覚を手に入れた瞑葬は、口元に軽く嘲笑を浮かべて呟いた。

「――愚か者が」

 刹那、手に持った日本刀を抜刀、横に薙ぎ敵たる人間を斬り捨てた。

 斬られた人間は男であったらしいが、断末魔の叫びを上げる間もなく地に倒れ伏した。それに恐れを成したのか、荒い息遣いや小さな悲鳴を上げ、次々とその気配を現す敵――政府の放った人々。

「青いジャケット?何だ、只の捨て駒か」

 瞑葬は倒れた男の纏う服を見て呟いた。

「――いつもの事だけど気が引けるな……。でもここまできたら、いっそ楽にしてあげた方が相手の為なのよね」

 青いジャケットの捨て駒とは即ち、洗脳された国民達なのだ。洗脳されてしまえば、後はその身が朽ち果てるまで政府の言いなりになるだけ。それならばいっそ、その呪縛から開放してやった方が楽になれる。

「お願い咎詠」

 彼女の声に呼応して、咎詠の呪文の詠唱も始まる。

「――RINIEYgU火律TYEWEYwB炎律TYELFYgI焔律――」

 先程と同じく白いもやが、別のモノへと変化した。それは――炎。

 あっという間に周囲から人の気配は消え、街並みは再び静けさに包まれた。

「ありがとう」

「別に。早く任務の完遂を」

「……そうね」

 心を一時的に失った咎詠は、いつもの優しい笑みを見せてはくれない。彼女の使う魔術は、そういうものなのだ。分かってはいても、瞑葬にとっては辛い。ここに至るまでを全て知っているから、尚更。

 風が、灰を攫って去ってゆく。その光景を見ても何も感じないのはむしろ、心優しい咎詠にとっては却って幸せなのかもしれない。たとえそれが、人々を守ることに繋がるとはいえ、彼女自身がした――人を殺めるという行為に、彼女自身が耐えられる訳がないのだから。勿論傍らに居る瞑葬とて、心に傷を負わない訳がないのである。しかしそれが彼女達に課せられた使命なのだから、そう自分に言い聞かせて戦い抜くしかないのである。

 瞑葬はいつもの調子で割り切り、きょろきょろと辺りを見回す。政府が寄越した人間が一体何を求めていたのか。それを突き止め、場合によっては回収、及び破壊するまでが仕事である。

「咎詠?」

 瞑葬の一言で彼女の言いたい事を察した咎詠は頷き、短い呪文の詠唱に入る。

「――咲覚幻――」

 すると瞑葬の視界の隅で、眩い光が生じた。

「第五反応……?これを狙って来たのね」

 第五反応とは、物質が内に蔵した魔力を、術者の呪文の詠唱により目覚めさせる現象を指す。全ての物質が反応するわけではなく、ある特定の条件を満たしたものだけが反応を起こすのだが、魔術を扱わない瞑葬には、その基準が分からなかった。

 ともかく、それが第五元素であると判明した今、回収し、魔研に持ち帰るのも彼女達の任務となった。瞑葬は未だ淡い光を放つ第五元素と成った物質に右手を伸ばす。

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