黎明の魔術師

□東の京中心部 国立魔術学研究所
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先は見えないけれど 3



「始まった……、ようですね」

 盲目の少女は、その目に映らない夜空を見上げた。

 右手に握った特注の弓を握り締めながら、彼女は左手で自身の目を覆う包帯に軽く触れる。

「私には何も見えないけれど。だからこそ全てが見える」

 ふっと離れた場所にぼうっと浮かび上がる的に視線を戻し、彼女は弓に矢を番える。キリリと引けば、まだその目が光を映していた頃の光景を思い出す。

 ここは彼女の為に作られた弓道場。彼女以外の人間が足を踏み入れる事は稀である。だからこそ彼女は、弓道を通して自分と静かに向かい合うことができる。

 そうでもしないと、きっと自分を見失ってしまうから。

 だから彼女は、今日も弓を引く。

 それが、彼女が、

「私が、闇射《やみうち》たる所以……」



 コンコン、と軽やかに響くノックの音。続いて、入りなさい、という艶やかな女性の声。

「うん……」

 扉の外に立つ隻眼の少女は、俯きながら部屋のドアノブを掴み、横にスライドした。

「その騙し扉にも随分慣れたのね」

 部屋の中には、声相応に艶やかな容姿の妙齢の女性が、足を組み悠然と椅子に腰掛けていた。深い紫色の髪は、彼女の背だけでなく本来左目のある場所も覆っている。彼女も少女同様、隻眼なのである。


「お姉」

「どうしたの?可愛い可愛い私の夢狩《ゆめかり》……」

 顔を上げて姉の姿を見つめる夢狩に、姉は椅子に座ったまま、黒い手袋に覆われた手を伸ばし、その手で夢狩の頬に触れる。

「っ……止めてって言ってるでしょう、空繰《そらぐり》」

「あら、仕事モードなのね」

 その手を振り払い姉を名で呼ぶ夢狩は、大抵仕事の話をする時だ。

 空繰は残念そうに手を引っ込め、傍らの机に頬杖を付く。

「ふざけないでよ。それより……、吐水《とすい》に頼まれた薬は出来たの?私はそれを取りに来たの」

「あら……。どうして私があの男の言いなりにならなければいけないの?私は私の気の向くままに実験をしているだけよ。たまたまあの男が必要としているものが出来たから、家賃代わりにあげてるだけよ」

 空繰はいけ好かない男の名前を出され、少し機嫌を損ねたようだ。しかし、妹が来たとなれば、彼女の望みを叶えてやる。たとえそれが、吐水という名の男を助けることになっても。

「これでしょう」

 机の上の試験管の1つをつまみ上げ、中の液体を2,3度振ると、近くの引き出しから小さな瓶を取り出し、試験管の中の液体をそれに移した。

「姿くらましの薬……、これで満足よね。で……、用はこれだけでは無いわよね?」

 コトリと音を立てて、彼女は瓶を机の上に置いた。そして、妖艶な笑みを浮かべる。


 空繰は見抜いていた。妹が、仕事以外で自分に用があるということを。夢狩は、公と私では姉に対する態度が違うということに、夢狩が生まれたときからずっと傍に居る空繰が気付かないはずが無いのだ。

「……やっぱりお姉はごまかせない。あのね」

 夢狩は部屋に入ってきたときのように再び俯いて、ポケットから何かを取り出した。

「この間の仕事で狩った人間の目がね……、政府の重役の人間みたいなんだけど、すごく綺麗だったから、お姉に」

 広げた手の上に乗っていたのは、淡い黄色の丸い――、それは人間の目だった。

「お姉の目が無くなったのは、私のせいだから……。私はいいの、お姉が使って」

 夢狩はそれを空繰に差し出す。しかし、空繰は差し出されたそれを再び妹に握らせる。

「何度も言っているでしょう?あれは私が好きでやったことなの。可愛い可愛い妹の為なら、私はなんだってするわ。貴女に仇名すモノは全て私が消してあげるから……、貴女は安心して、貴女の望むままに狩り続ければいいの」

「……知らないっ」

 夢狩は再び仕事モードに戻ると、掌の上の球体を握り潰し、空繰の机の上の瓶を奪うように取ると、背を向け部屋を出た。

「ふふふ……。夢狩、貴女はまた近い内に仕事でこの部屋を訪れる事になるわ」

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