本編
□水上都市
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「チャネルが開いた」
リシアは、ふと思い浮かべた言葉を口にした。それが、合ってるかどうかの表現はいまいちだ。二人は人混みに紛れてすっかりあの三人とは離れた位置にいる。少女は、リシアの言葉に笑って返す。
「数年ぶりに会った幼なじみに言う台詞がそれ?理科的に言うとイオンチャネルとかそういうのだっけ?何、私は化学物質ですかーもう」
リシアは説明するように言う。
「リガンド作動性チャネルだとチェイスをあの壁の一部に残していかないといけなくなる。でも、チェイスのお陰であの壁が開いたのも確か」
「じゃあ偶然にも一緒に出ることになった化学物質たちか」
「あったかな、そんなの」
「結構いい加減なこと言ったでしょ、リシア」
チェイスは得意気に言う。図星であるので、リシアはこれ以上何も言えなかった。チェイスがまた笑いながら言う。
「全くもー相変わらずだねぇ。こうして会うのは私が引っ越す前かな?」
「だね。義務学校の高学年の頃だ」
「そっか、そんなに前なのか…というかリシア、私からの手紙もまともに返してくれなかったしねぇー」
「うっ…それはごめん」
またリシアの心にアッパーを入れるような言葉が投げつけられる。
「大丈夫。リシアのことだから、文がまとまらなくて書けなかったんだろうって事は分かってるから」
と、紫髪を揺らしながらチェイスは言う。これもまた正解だ。チェイスは幼い頃できた数少ない友達であり、非常にリシアのことを理解している。
いや、チェイス自身とても頭が良く、人の心を読むことに長けているのだ。
チェイスの服は、黒と紫を基調とし、黄色いラインが特徴的な制服だ。
その制服は、リシアも知っている。国立学校より更に難関とも言われる、オルフィス教を重んじる私立の学校のものだ。
昔から頭がいいとは思っていたが、やはり自分より断然上だったのか、そうリシアは思うと幼なじみが遠いもののように感じる。
二人の幼い頃の日々を思い出すことができない。
「それはそうと、リシアは何でハルワタートにいるの?国立学校の第一課程卒業研究…とか?」
チェイスもリシアの制服で、リシアが国立学校に通っていることが分かるらしい。
だがしかし、リシアは途中から国立学校に入り、なおかつ教科取得の差が激しいためそこまで進んでいない。本来であれば、リシアの年齢くらいで一年程費やし、広く浅い教養科目を主に扱う第一課程を終えるための卒業研究を発表しなければならない。
それをチェイスは考えているのだろう。言い出しにくい。休学して汚名返上の為の旅をしているとは。
もっとも、チェイスとリシアの二人でユーキと友達になったため、全く関係のない話というわけでもない。
「…チェイスはそうなのか?」
リシアは誤魔化しのためにそう言う。チェイスは頷き、言う。
「もう去年でほとんどの教科取っちゃったから、ここ一年はずーっと卒業研究に当てるつもり」
「へぇ…何を調べるの?」
リシアは何気なく尋ねると、チェイスは目を輝かせて言う。
「本当はオルフィス教のこともやりたいんだけどね、今回は『千年前の四大国と黄金の不死鳥伝説の関係』を」
「え、歴史?」
「リシア…あからさまにつまらない顔しないの」
で、リシアは?とチェイスは首を傾げて言う。恐らく、先ほど言った誤魔化しの言葉の裏を聞きにきている。
リシアはどこから話そうかと考えていると、視界の端でカクカクと不自然な動きをするものがあった。宿を出た目的の、二体の自我魔生体である。
「とりあえず今は自我魔生体の観察に来た」
そうリシアは言うと、チェイスは随分と変わった観察だ、と苦笑いで答えた。