本編

□十の三乗と二千
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 しばらく進むと、分岐した道に出たが、一方しか明かりが灯っておらず、リシアはそちらに進んだ。
 だが、シロガネは分岐点で立ち止まり、何かを「視て」いるようだ。どうした?とリシアはシロガネの所まで戻ってきた。

 シロガネと同じく、暗い、虚無を思わせるようにどこまで続くか分からない暗闇を見た。僅かに人の声が聞こえた気がした。

「誰かいるんですか?」

 リシアは出来るだけ大きな声を出す。すると、います、という返事が耳にすっと入るように、鮮明に聞こえた。

「音の属性…」

 シロガネが呟く。成る程、とリシアは呟く。
 魔力(ルナート)を行使しているということは、涙の信託者(オルクル)である可能性が高いということだ。

 穴に落ちて身動きが取れなくなってしまったんです。そう、また声が聞こえた。

「慎重に行くぞ」

 シロガネが術を使い、道を照らす。すると、幾分か離れた先に大きく地面が口を開いていた。
 シロガネの言葉の通り、慎重に進む。シロガネは険しい顔から元に戻さない。一体、何を「視た」のだろうか。

 何か魔力(ルナート)を使うトラップでもあるのだろうか。
 そうリシアは思い、すぐに時空属性の術を発動出来るように集中する。回避にはやはり一度時を止めて冷静に対処した方がいい。

 だが、何も起こらない。それどころか容易に誰かの落ちた穴にたどり着いてしまった。シロガネも追いつく。炎属性の術を、穴の中央に寄せる。
 金髪の青年が、両手両足を断壁に突き刺し、その姿勢を維持していた。すごい体力だ。

 だが、どこかで見たことがあるような、そんな気がする。
 そして青年は顔を上げてリシアたちを見る。

「すみません、引き上げてもらえませんか…?」

 泥だらけになった顔でも、その微笑んだ顔は、聖書を読み終えたときとなんら変わりなかった。

「アルバ…さん?」
「はい…?」

 リシアの受け答えに、戸惑いながらも青年は答えた。その目は先程の暗闇のように、真っ黒な色であったが。

執筆日 2014年8月22日
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