本編

□無夢の死徒
12ページ/12ページ



 白い。どこまでも白い。

 リシアは自身がそこに横になっているのに気付き、揺れる花の見る。

 よく見ればその花は無色透明の四枚の合弁花の形をしており、どこまでも続く白の邪魔をしないでいるようであった。
 花はとめどなく光り輝く粒子を溢れ出し、宙に溶けていく。リシアはその流れを追って、仰向けに寝転がる。

 青い空は、ない。その代わり、影のない白い天井があるようであった。風も感じない。だが、花が揺れたのはなぜであろうか。

 あぁ、そうだ。ここは見たことがある気がする。

 思い出したくないあの日の、気を失っていたあの時の、涙の信託者(オルクル)になったあの瞬間の。

「わっ!」

 突然、大声を真上からかけられた。リシアはそれに全く動じず、冷静な目でその黄金の目のモノを観察する。

「……無視?」
「いや、とっくに気付いてましたし」
「じゃあそれ無視だよね?無視って言うんだよわかる?」

 はぁ、と一息つくと上半身をおこし、振り返って空色の髪の青年を見上げる。
 青年は黒いマントのようなものを肩に掛けているが、その下はしわ一つない軍隊のようなキッチリとした服を着ており、そのギャップに違和感を感じる。

 よく見れば青年の頭上には金色に輝く円があり、その存在を『人でないモノ』に仕立て上げている。

「君、案外動じないね。多くの子は初めてだとパニック状態になるんだけど」
「だとしたら二回目だからですかね。あと」

 リシアは納得のいかないと言わんばかりの強い口調で続けて言う。

「非科学的すぎて頭がパンクして逆に冷静になる!」

 わーお、と青年は大袈裟に言う。

「じゃあ俺が自分のことを天使だって言っても信じない?」
「痛い人だと思って見ます」
「うわ、それはそれで悲しいわ…」

 青年は大げさに肩をすくめると、続けて言う。

「君の信じてる科学とやらも、本当に真理なの?」
「一体、なにを言い出しているんですか」
「君が信じているのは宗教『科学』なんじゃないかと思って」

 リシアが、どういうことかと尋ねても、青年は両腕を広げ、解答しなかった。

「そこは自分で考えてみなよ。まー俺が言いたいんだとしたら、目の前にある現象くらい受け入れて欲しいなって」

 リシアは拗ねたまま、答える。

「死に際に見る夢のようなものを信じろと言われても、脳に騙されてるだけでは」
「そーくるか…こっちが夢だとも言ってないのに夢って初めから決めつけられてるやつー」

 青年はそう言うと立ち上がり、リシアを手招きする。リシアも立ち上がり、彼の後に続く。

 しばらくすると、途方もないほど大きな扉が見えた。圧巻するほどの大きさだ。白く光放つその扉は、幾重もの模様と文字が書き込まれ、微動だにしない。扉の前に立った自分より大きな青年が、小動物に思える。

 間違いない。ここだ。

 青年は両手を広げると、どこに隠れていたのか分からない白い羽が現れ、そして左手を胸に当てて礼をした。

「ようこそ、始まりを継ぐ魂よ。ここは、どこにでもあってどこにもない場所。決して知覚し得ない空間。言わば超越論(ちょうえつろん)的意識の自己自身の置き場。個々から生まれた無を、正しき所へかえすんだ」

執筆日 2015年3月10日
Next⇒魔鉱山の異国人

次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ