本編

□魔鉱山の異国人
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 少々よろしいでしょうか、とアルバが言ったのは、いつ頃だっただろうか。
 リシアは、何度も戻りながら読み進めていた物理学の本が、もう少しで終わる辺りであった。

 その言葉は、リシアにではなく、対角線上のウィズに向けられていたものに気付いたのは、まっすぐな目で、アルバが見ていたためである。
 少々間は開いたものの、アルバの目線に気付いたのか、ウィズは手を止め、こちらを見る。

「あなた方が魔裂器…というものを主に扱う方々だと聞きました。魔晶器とは、やはり異なるものですか?」

 違う、と端的にウィズは答える。アルバは続けて言う。

「では、魔晶器を修理するだけの技術は…」
「ある」

 アルバは驚く。単純にだが、はっきりとした解答。とりあえず尋ね、否定的なものが返って他の良い技師を尋ねるつもりだったのだろう。

「魔晶器は、書き込まれた詠唱を、有事に打ち込ませ、発動させる物。その詠唱により発動する物が分かれば、書き込みを修正し、元に戻すことは可能。魔力石(セレークレスタ)自体が、劣化していなければだが」

 ウィズは、淡々と話す。

「聞く限りだと、スッゴく簡単に聞こえますね…」
「太古の技術。簡単で当たり前」

 リシアの言葉に、ウィズは答える。説明の時には長く話す割に、こう言うときは本当に短い。しかし、とウィズは続けて言う。

「詠唱は、古代語が用いられる。魔晶器の技術者は、昔の魔晶器に書き込まれたものから経験的に書き込んでいるが、非常に効率が悪い。文章にならないことも多い」

 へぇ、とリシアは呟く。魔晶器の一般常識、程度は知っていたがそういったことは知らなかったからだ。まだまだ勉強不足か、と落ち込む。ウィズは続ける。

「そして、俺たちは古代語は理解できない。このことから、新規の魔晶器は無理。また、複雑な詠唱も、我々には修復不可能」
「そうですか…」

 と、アルバも落ち込む。明確に、複雑なのは無理、と答えられたからだろう。しかし、また顔を上げ、笑みを消し、真剣な顔つきで再び尋ねる。

「古代語が解読できる者がいれば、どれだけ変わりますか?」
「大方、可能。が、古代語は既に廃れたと聞いてる」
「そうでしょうね。一番古代語に近いユーリエルも、この世にはもうない…」

 しかし、と、アルバは言う。

「『その時』から生きている私がここにいます」

 その言葉に、リシアは思わず読んでいた本を足に落とした。足の親指に激痛が走り、身悶えする。

「千年!?はぁ!!?千年前!!??」

 リシアの叫びに、アルバはいつもの和やかな笑みで、頷く。これには流石のウィズも驚いたようで、目を丸くしている。

 一体、何年生きているのか不明瞭であったアルバの年齢が、だいぶ定まった。
 一千歳以上。確かに、お婆さんのお婆さんのお婆さんよりは生きてるだろう。数百年というものではない。桁が一つ違う!

「…古代語が、分かるのか」

 ウィズが言う。あえて、年齢に触れないのは、話が長くなるからだろう。無駄なことが嫌いなタイプなのかもしれない。アルバは、えぇ、と肯定する。

「もしよろしければ、お手伝いをお願いしたくて」

 アルバは、アルムと、マバルアの異常のことを語る。それにウィズは黙って聞く。アルバが話し終えると、了承、と答え、言う。

「動ける技師がいるか探し、もし都合が合わなければ俺たちの誰かが向かおう」

 動ける技師が、という言葉が重くのしかかる。テロリズムの影響だろう。被害は想像以上に甚大らしい。

「本当にありがとうございます」

 アルバは一礼すると、ウィズは口元を隠した。何となく、目が笑っている。

「面白そうだ」

 真の研究者というのは、実に興味に従順である。

執筆日 2015年7月20日
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