本編

□背負う覚悟
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「今の俺は、癒属性ほぼ無効の状態っぽくてな。やっても無駄打ちになるだろ?」

 そうですか、と戸惑いながらアルバは頷く。諦めは早い。

「明日、また起きられそうですか…?カルスさんが、伝えたいことがあるそうで」

 リシアは、その名前にグッと胸が締め付けられる。シロガネは、そのアルバの言葉にリシアが動じるのに気付きながら、気付かないふりをしてアルバに、多分な、と返答をする。

「伝えたいことって言ったら俺たちもな。ウィズは近々エスターとハルワタートで合流する。俺の怪我が癒えたら、リシア共々、オリエルに向かう」

シロガネの話にアルバは、あっと呟く。

「…そうですね。私の我が儘に付き合って頂き、本当にありがとうございます」

アルバが頭を下げると、リシアも自然と頭を下げてしまう。ウィズも、無言のまま、頭を下げる。アルバが頭を上げると、二人はそれに続いて姿勢を直すが、アルバはしばらく上の空のような状態になった。

「どーしたよ。食費が減って清々するってか?」

自覚あったのか、とウィズが小さく呟くのをリシアは聞き逃さなかった。リシアもウィズに同意する。

「あぁ…いえ、これからどうしようかな、と」

困った笑みを浮かべてアルバは答える。

「アルムに住んでたのも、だらだらと生きてたのも、マバルアがいたお陰だったって、最近思うんです」

顔を地に向け、震えた声でアルバが言う。

「……埋まらないんですよ。ぽっかり空いた虚しさが」

ただ悲しい。昼間のアルバの言葉を思い出す。その悲しみすらもその空虚に流れ、アルバは何も感じにくくなっているのだろうか、とリシアは考える。

アルバのような被害者になったことはなく、むしろ加害者側であるから、よく分からないのかもしれない。そうリシアは考えると、また胃の黒いものが重量を増した。
だから、とアルバは胸に手を当て、柔和な笑みを浮かべて言う。

「…よろしければ、同行させては頂けないでしょうか」

意外な言葉であった。リシアは驚く。

「死に場所探しは御免だぞ」

一方シロガネ端的に答える。返答が早すぎる、とリシアはシロガネに言う。

「…しばらく帰っては来れませんよ?アルムの方々、喜んで送り出してくれるとは思えませんが……」

リシアの言葉に、アルバは頷く。

「こっそりと発ちます……しばらく、ここから離れたいんです」

アルバが自虐めいた笑みに変わり、言う。

「『本気で怒ってもいいくらいなのに。呪ってもいいはずなのに』……本当に、その通りです」

アルバは、ふぅっと息を吐いて言う。

「しかし、私にはその気すらも、残っていないんです。怒りを通り越して、無関心に。私は、そんな無慈悲な自分にも、非情な自分にも…触れたくない」
「……疲れてるんですよ、アルバさん」

リシアの言葉に、そうかもしれませんね、とアルバは淡々と答える。リシアは空いてる場所を指し示し、アルバを座らせる。
シロガネは寝室に手をかけ、振り向き言う。

「もう一度言うけど、死に場所探しは御免だからな。旅向けの食い物かき集めとけよ」

アルバは、はい、と言って頭を下げると、シロガネは戸を閉めた。

「俺も、もう一度。正直、アルムの方々はアルバさんに依存した安心感があると思いますよ。千年樹と同じようなものが。それが一度になくなりかねない」

リシアはこちらを見るアルバの夜のような黒い目を見つめ返す。

「言い方悪いんですが、アルバさんはアルムの人々を見捨てる気ですか?」
「……確かに、それは少々言い方が悪いですね」

リシアは言葉で作った盾ごと吹き飛ばされるような感覚がした。やはり、そうだよな、と。語彙のなさが、リシアに格好が悪いと言ってくる。
そんなリシアを、アルバは困り顔で笑みを浮かべながら言う。

「リシアさんを非難してる訳ではありません。見方を変えれば、そうも捉えられかねないのは、事実ですからね。だからこそ、少し言葉が突き刺さってしまいまして」

すみません、と頭を下げるアルバに、慌てリシアもこちらこそ、と頭を下げる。

「それでも、ここにいるのが辛いんです。ずっと、マバルアのことを考えてしまいそうで。それこそ、弔った二人を呪ってしまいそうな。それは、私の望むことではありません」

ゆっくりと顔を上げながら、アルバは言う。

「時間が経てば、何か変わってくれるかもしれない。何年、何百年かかるのかは分かりません。それでも、心境が変わることを、願わずにはいられないんです。人が、人を恨み続けることなんて、出来やしないんですよ」

アルバは笑みを浮かべる。

「疲れますから」

執筆日 2015年12月13日
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