本編
□水中下の花
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そう話しているうちに、ハロウト華の二階から小さな人影が降りてくるのが見えた。フード付ケープを着た傷の多い少年は、一直線にこちらに駆け寄って来る。
「待たせたのぉ。ウィズとやらは今はここにはいないが、ハロウト華に戻ってくるそうじゃ」
やはり宗教軍と交渉しているのだろうと見当がつく。アルバはグランに感謝の言葉を告げると、別空間から紙とペンを取り出し、メモを書き出した。しかし、リシアがそれを止める。
「ウィズさんは、メタトロニオスの文法じゃ読めないんじゃないですかね…」
アルバは、それもそうですね、と言ってリシアの言葉に納得する。スペルに自信はないが代筆しようか、とリシアは言い出そうとするも、それを遮ってアルバは言う。
「それなら、古代語にしましょう」
「えぇ!?逆に更に読めなくするんですか!?」
違いますよ、とアルバははにかんで言う。
「古代語は、文字であるのにたとえ読めなくても直接イメージを渡してくる、と以前お話しましたよね?それを使うんです」
迷うことなくアルバは文字を書き出していく。上下や左右反対の文字も手慣れたもので、突っかかることなく書き終えてしまう。アルバはその紙を破り取り、リシアに見せる。
「ほら、読めませんか?」
『水上水仙亭という名の宿をとりました。お待ちしております。――アルバ』
リシアは受け取ったメモを目を通すだけで、何故か書いてある内容が理解できた。スペルも文法も分からないのにも関わらず、だ。
「た、確かに」
リシアは頷いてそれをグランに渡すと、グランも確かに読める、と呟く。
「さっきの本は読めんかったがのぉ」
「先程の本は、一定の知識を持つかの選別のために、この古代語の能力を失わせているんです。だから、意味のないページがほとんどだったり」
アルバはグランの話に微笑みながら言う。
「じゃ、これを渡せば良いんじゃな。了解したぞ」
特に何も言わなかったのだが、グランが渡す気になっているのでリシアやアルバは頷く。
グランはリシアたちの同意を得ると、またハロウト華へ戻って行った。リシア達も来た道を帰る。
学術区域を出て、ヘメラの位置を確認すると、南中から少し傾いており、もう少ししたら宿の部屋に入ることができる事を確認した。
とはいえ、他に動く必要性も考えられず、ロビーでもいいから待機させてもらえないだろうかという淡い期待を持ってリシアとアルバそのまま宿の方へ向かっていった。
途中で黒い服の女と柄の悪い男に道を遮られるまでは。
「ねぇ、オトコの子だと思ってた女の子さん。シロガネ君にはもう飽きたの?」
胸の強調された美麗な女性はリシアを指して言う。その風貌と言い方は記憶を掘り起こし、間違いなく以前ハルワタートでも会った謎の集団であることが思い出された。