本編
□裏切り者の浮力
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そんなチェイスにアルバは近付き、円点弧を口元に寄せて膝をつくと、チェイスは困惑して言う。
「あ、あ、あ、アルバ様!こんな私にそのようなことはっ!!」
「厚くオルフィス様を信仰するチェイスさんへの敬意です。それに」
アルバは顔をあげて、微笑んで言う。
「私は、貴方の知る『アルバ』ではありません」
「それはどういう…」
「なので、様付はお止めください。言われ慣れてないので」
アルバはそう言うと、チェイスは言う。
「……アルバ様…いや、アルバさ、ん。貴方も、あのテロリストを助けに行くんですか?」
「さぁ?私はテロリストがどういう方なのか存じておりませんので。私達が助けに行くのは、粗雑で横暴で乱暴な、シロガネさんという方です」
アルバは、チェイスを見て言う。
「チェイスさん。憎悪で前に向かうことはできます。しかし、それで目の前が見えなくなっては、前に進めるのはできません」
そうしてアルバは微笑みかける。
「チェイスさんの本当にしたかったことはなんでしょうか。テロリストだと思ってたシロガネさんを殺さなかったのは、何故でしょうか」
「私は…」
チェイスのスカートにシワが寄る。赤目のアルバに言われるがままにしていたことに気づいただろうか。
チェイスは言う。
「私はテロリストに復讐したい!この手で死を与えたい!!」
「そのためにも、チェイスさん自身の目で見定めなくては。本当にテロリストなのか、本当に永劫の巡る回帰の先に送るべき相手なのか」
はい、と明瞭にチェイスは返事をすると、リシアもウィズもそちらを見る。アルバはその二人に近付き、チョップを食らわせる。
痛くはないのだが、非常に重い一撃だ。
「リシアさんも、ウィズさんも、思いやりに欠けています!相手の心情を押し退け、自分のことだけ話してどうするんですか!」
「だが、科学リテラシーに欠けるのは」
どうかと、と言いかけてウィズはまたアルバから脳天に一撃を食らう。リシアは思わずウィズの名を呼んだ。
「宗教の信仰は自由です。信じてないのも、また自由です。しかしそれを、疑って殺せとはどういうつもりですか!そう思ってるのは勝手ですが、それを押し付けるのは信仰者に対する侮辱です!」
ウィズは頭を抑えながら、黙ってアルバの話を聞く。リシアは、確かにチェイスの気持ちを考えてなかったと反省する。
アルバが諭しただけで、チェイスの表情ががらりと変わった。リシアやウィズは違和感だけを指摘して、それを改善できていなかったのだ。
しかし、とリシアとウィズは思う。
今、チェイスがアルバに向けている目は、宗教の先導者に魅せられたものと同じようなものであることを。
変わらない、とウィズが呟いたのを聞いて、リシアも思わず頷いてしまう。
リシア、とチェイスが寄ってくる。
「それでも私は、あのシロガネって奴の疑いは晴れないの。だから、もし、リシアがアイツを助けるなら」
眼鏡の奥からでも分かるほど、チェイスは覚悟を決めた目で言う。
「私はアイツの側にいて、テロリストの証拠を得るわ。そして、殺すの」