本編

□アルベドの目論
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『やがて月は目覚めぬ女神に涙を流す。雫は蒼穹にて染まり、偽創を作る。裏切り者に脳を潰される前に、刻め刻め肉を時を、蒔けよ蒔けよ血を種を』

『審判を受けた偽創が月にたどり着くとき、女神は目覚める。その時、理が解き放たれ、無へ還った無色四花も復活し、我らは少年と共に永劫の花園を歩む』


「そして、一般聖書ではこの偽創って言葉は、『月の神子』って解釈されてるの。ここまで来たら、オルフィス教オンチのリシアでも分かるわよね?」

 チェイスの問いにリシアは斜め上を見ながら答える。

「えぇっと……確か、何か色々してニクスに辿り着いて、女神オルフィスを目覚めさせる奴…だっけ?」
「あのねぇリシア…預言とも言われる有名な最後の一節なんだから、このくらいちゃんと言えてよ」

 チェイスは呆れたように溜め息を吐いて、一般聖書の一文を暗唱する。

『月の神子は、試練を越え、審判を受けたとき、ニクスに辿り着くことでしょう。そして告げるのです。女神オルフィスよ、目覚める時が来ました。どうかこの世界を、すべての命を救って下さい、と』

「もし、この月の神子や偽創って言葉が、涙の偽創者(レオルフィー)ってことだとしたら……あのシロガネってやつは」
「女神オルフィス復活に必要な人材、かもしれない…?」

 リシアは言うと、チェイスは真剣な目で頷いた。

「そしたら、追われてる理由も分かるでしょ?オルフィス教にとって、オルフィス様復活は悲願だもの」

 チェイスの言葉にリシアは同意を示すも、すぐに首を傾げ、言う。

「……変な話かもしれないけど、そしたらシロガネがそれから逃げる理由はなんだと思う?」
「…それは本人に聞かないと分からないんじゃない?……まぁ、私たち凡人からしたら、オルフィス様の復活は願ったり叶ったりだけれども」
「追われたら逃げる、本能的なものかもしれない?」

 リシアはそう言うと、チェイスは笑いながら、そうかもね、と頷いた。

 リシアの視界の端に、こちらに向かってくる馬車が見える。先程の言葉の通りに逃げようかとも思ったが、荷台から身を乗り出して大きく腕を振る金髪の青年を見て立ち止まる。
 しかし、一向に速度を落とす様子がないどころか、轢くかのように一直線にリシアたちに向かってくる。

 リシアもチェイスも戸惑うようにしていると、耳に残る金属音がしたと思うと、アルバの声が鮮明に聴こえてくる。

「手、伸ばすので、二人とも掴まってください!」

 唖然としながらその話の内容を理解すると、馬車はリシアたちの直前で乱暴に曲がり、荷台からアルバの両腕が差し出されるのを見る。
 リシアとチェイスがそれぞれ掴むと、アルバはリシアたちに引っ張られることもなく、有り得ないほどの腕力で二人を荷台に引き上げた。

 その間、馬車は速度を緩めることはなく、勢いの残ったままリシアとチェイスは荷台の床に叩きつけられた。
 アルバも尻餅をついたようであり、その姿勢のまま両手を合わせ、申し訳ないように二人に謝罪する。

「無茶をさせて本当にすみません!怪我はすぐ治癒致しますのでっ!!」

 茫然とリシアはそのアルバを見ていると、チェイスも困惑しながらも無事であることを告げた。
 辺りを見渡しても、食料品の詰まった箱などはなく、閑散としており、アルムの馬車でないことはすぐに検討がついた。

 ウィズが普段は複合器に納めているスティレットを壁に突き刺して大きな揺れに耐え、手綱を握る人物に応答を呼び掛けるように叩いていた。

「あらぁん?仲間の二人は乗せられたし、結果オーライじゃない?」

 甘い妖艶な声が返答する。そうじゃない、というようにウィズは大きく身体を傾けながら手を横に振る。
 覗きガラスから、ブラウンの髪の美女が微笑みながらこちらを見る。振り向ける、ということは手綱は握っていないが前方の席に座っていたのだろう。

「このままヴレヴェイルに直行するわよ!」

 美女がそう言うと、再び荷台は大きく揺れる。慣性の法則に身を任せると左右の壁にそれぞれぶつかってしまいそうだった。

「…あ、アルバさん……これは一体……?」
「……勿論、ご説明致します。どうか、断る勇気のなかった私をお許しください…」

 力なく謝るアルバを見て、アルバもこの選択をしたことを後悔しているのはすぐにわかった。

執筆日 2016年5月3日
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