本編

□悔悛の秘蹟
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 ウィズを寝かせた後で、リシアは真剣な顔でアルバの前に座る。その雰囲気の違いに気付いたのか、笑みを浮かべながらアルバもリシアと目を合わせる。

「記憶の証明を、する勇気ができました」

 成る程、と目を伏せながらアルバは答える。リシアは言う。

「……俺は………クロガネを、殺しました」

 アルバの目が見開くのをリシアは逸らさずに見る。震える声を抑え、リシアは言う。

「けど、あの時の記憶は本当に曖昧で……確かに覚えているのが、その………クロガネに、剣を突き立てた、あの瞬間だけなんです」

 喉元にくるものが、酔いから来るものか、感情の高ぶりからなのかわからない。それをぐっと飲み込み、自嘲気味に笑ってリシアは言う。

「……命奪った奴が何を言ってるんだって…自分でも理解してます。責任から逃げたいだけだって、言われると思います。けど、だけど………」

 袖を目元にあて、荒くなりそうな呼吸を整えながら、鼻水を啜ってリシアは歯を食い縛りながら言う。

「……俺は、クロガネが死ぬ経緯を知らないんです」

 アルバからの反応はなかった。馬鹿を言うなとも、嘘つきだというような非難の言葉もなかった。リシアは目元を隠すようにしていたため、表情もハッキリとはわからない。
 行ったことはないが、互いの顔が見えない告解室とはこういうものなのだろうか、という気になる。そう考えて、リシアは言う。

「……それで、結末が変わるわけではないのも分かってます。赦されるか、赦されないかも、誠意と、相手次第というのも」

 脳裏に、差しのべられた小さな手がよぎる。あれが、どんなに救われるものなのか。犯した罪を、赦され始めるものがあるとするならば。誰かの手を繋ぐものなのだろう。

 それでも、と言ってリシアは息を大きく吸い、話す。

「俺は……蓋をしたあの日の出来事を、知らなければならない。何があったのか、何が起きたのか。何故に起こったのか」

 あの、空のような髪をした死の天使の言葉を思いだし、リシアは言う。

「俺は、起こった出来事……現象を、受け入れて過ごしました。流されて、罪を背負って、罵声を受けるだけのような。そうすれば……その方が、皆も自分も、楽に過ごせるんだと」

 頭の中で、顔の崩れた女が口を動かす。何を言ったのかは検討はつくが、聞こえはしなかった。

「でも、それじゃダメだった。俺が上辺で分かった気になって、赦しを請うても、赦される訳がなかったのに」

 本質を見定めにいくんだよ。今も、かつても、君の目で、だ。リシアース・エンデ。

 黄金の目の天使の言葉が、リシアの背中を押す。沈み行くヘメラの先にニクスが不敵に笑う。
 今だから、言える。
 あの日から、また旅をするとは思っていなかった、あの自分とは、また違う。

 どうか、私の罪を取り去り、洗い清めてください。

 リシアは涙を引き裂いて言う。

「あの日の記憶の証明。それが、クロガネを知る一つであり、俺が見定めるべきことの一つです」

 私は、あなたの罪を赦します。安心して行きなさい。

 その声は、アルバだったのか、自分が願った故の幻聴なのか、わからない。ただ、それだけで、重い鉛の鎖が音を立てて地に落ちたようであった。

執筆日 2016年5月29日
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