本編
□記録図書都
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エンの丼物と、『記録ピザ』と呼ばれるヴレヴェイル名物と、各々好みの飲み物がテーブルに並ぶ。
記録ピザはウィズの注文であり、食事の必要ない涙の信託者であれど異文化に舌鼓を鳴らしたいようだ。
ヴレヴェイルはヘハロト大陸内部に位置することもあり、食品は基本的に保存に適した物が多い。
アルムの上質なチーズに干した肉、刻んだ根菜を四角い生地に乗せて焼く。
「ヴレヴェイルは記録天使の名前です。一説には、ユーリエルの由来であるウリエルと同視されることもあるそうですが」
「本に見立てた四角い生地だから記録ピザ。安易な名だよなぁ」
チェイスの説明に、リシアはぼやく。ウィズの口から伸びるチーズが美味しそうで自分も食べたいなどとは思ってない。
羨ましいなどと、自分も頼めばよかったなど思っていない。
横のエンも、旨いウマイと次々箸を口に運ぶ。ユーリエルの文化であったという箸は、エンデ家ではよく父から教わった。
文明が滅びても、記録がある限り文化は復活する。そんな歴史を溢すことなくエンは平らげる。
やはり自分も何か食べればよかった。空腹の感じなさとエンが示した値段も気にしないでいればよかったと、口から出そうな後悔をアイスコーヒーと一緒にリシアは飲み込む。
「でさー、制服貸すのはいいけど誰着るの?どう考えてもそこの男性二人は明らかにオレより身長高すぎるし……」
食べ終わった頃、エンはリシアを見ながら言うと、リシアは周りを見渡して自分を指差す。あぁやっぱり、とエンは言う。
「いいのか?」
「何するかは知らないけど、姫様を助ける一手でしょ?なら、オレに断る理由もないよ。姉貴の頼みだしね」
リシアの問いに、エンは答える。無理に理由を聞き出さない辺り、自分とよく似てむず痒い。
けど、とエンは続けて言う。
「これ以上深くは関われないからね。流石に軍の問題だし。ましては噂の宗教軍。呪い殺されるなんて御免だよ」
「噂の?」
リシアは聞くと、エンは言う。
「死霊軍、なんて言われるくらいだよ。死霊術師がいるとか、大半は死者だとか、特定の人だけ見える幽霊がいる、とかね」
勿論、噂でしかない。と、エンは付け加えて言う。
「宗教軍ってオルフィス教が半ば主導してる節もあるから、軍とあまり縁がなくて噂が一人歩きしてるようなもんさ」
死霊軍、とリシアは復唱する。クロガネは生き返ったクロガネなのだろうか。そんな非現実的なことを思ってリシアは首を小さく振る。
「それでも、協力していただけるエンさんに感謝を。本当にありがとうございます」
「それはこちらこそ、アルバさん。傷を癒してくれたお礼が出来てよかったです」
エンの返しに、アルバは一瞬キョトンとするも、目を伏せて隠しきれない動揺を含めて、えぇ、とだけ答える。
やはり、アルバに負担が大きいのではないか、とリシアは感じる。いつの間にか不安な目でアルバを見ていたようで、アルバはこちらに気づくと、柔らかな笑みで返してくる。
覚悟は、固い。
ならば、とリシアも腹を括った。