本編
□旅は道連れ世は情け
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「…これは」
独特な楕円型の花弁の舞う中、アルバは木に向けていた左手を下げた。
見上げた、枝にある数少ない蕾が途端に花開き、そしてすぐに散っていった。早い。あまりにも早すぎるサイクルだ。
このマバルアというこの木は千年樹とも呼ばれ、名の如く千年の時をも越えてきた木なのだ。
一年を通して花開くこの木は、蕾に花にそして散り、そしてまた蕾をつくるという流れを一ヶ月で行う。この村の中心に位置するこの巨木は、村の端にまで花弁を飛ばし、やがてそれは粒子となって消える。
何故、そういうことが起こるのか。それはアルバのみが知る真実だ。
「アルバさん」
ふと、幼い少年の声が聞こえた。
振り向けば年端も行かない男の子がアルバを見つめている。
「初めまして。僕は三年前にこの村にやってきて、アルバさんとは面識がないんだけど、噂は聞いてるよ。黄金の髪の、偉大な御方だって」
「それは光栄です」
少年の前髪は長く、顔のほとんどが隠れてしまっている。鬱々として、明るい印象はない。
服に目立った汚れはないものの、隙間から覗く痛々しい痣が彼の境遇を語っているようだ。
「涙の神託者(オルクル)、なんだよね」
「ええ、そうです」
「虐められたりしなかった?」
「沢山してきましたよ。心臓を刺されたり、首をはねられたり」
「よく生きてこれたね」
ただ、アルバは微笑んだ。確かに、よく生きてきたものだ。
微笑みは少年に向けたものではなく、自嘲のものなのだ。
「誰も僕に話しかけてくれないんだ。だから、話しが出来て楽しかったよ」
「それはよかったですね」
少年は一礼をしてその場を去った。
風がマバルアの花と共にアルバのマフラーを舞い踊らせる。
「あなたですよね。一体、何をするつもりだったんですか」
少年は足を止めなかった。
執筆日 2013年1月13日
追加 2016年5月05日
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山光水色の森